制度やマニュアルでは語れない人事の役割、「戦略人事のビジョン~制度で縛るな、ストーリーを語れ~」
・世界的企業「GE」の人事責任者から、人事について学ぶ本
「戦略人事のビジョン~制度で縛るな、ストーリーを語れ」という本をご存じでしょうか。
著者のひとりである八木洋介氏は、日本鋼管株式会社(JFEスチール)を経て、米国の世界的企業「GE(ゼネラル・エレクトリック)」にて人事責任者となり、株式会社LIXILグループの副社長に就任した経歴を持つ、人事のプロフェッショナルです。
本書は、主に八木洋介氏が「GE」に所属していた頃のエピソードを基に、「人事とは何か?」を突き詰めていくビジネス書になっています。
こうした八木氏のビジネス上の経験談から語られるストーリーを、神戸大学大学院の経営学部教授・金井壽宏(かないとしひろ)氏が解説を加える、というのが本書の構成になります。
今回は「戦略人事のビジョン~制度で縛るな、ストーリーを語れ」の要点について、まとめてみましたので、ご紹介します。
人事部門に配属された方が悩んだときに、手に取ってみて欲しい一冊です。
・企業の人事部門が「人事マフィア」と呼ばれやすい理由
企業の人事というのは、一般にはあまりオープンではない組織だと著者の八木氏は述べます。
「人事マフィア」という言葉もあるくらいで、内実が分かりにくい特徴があり、昇進や異動などに関わる部署であることから、そう呼ばれることもあります。
しかし、人事部門があまりオープンな組織でないのは、社員の情報を握っているからではなく、人事の施策に戦略性が欠けているからだと著者の八木氏は指摘します。
多くの企業では定期的な異動が行われていますが、仮にそうした異動や昇進に戦略的な意図があるならば、人事担当者がその理由を説明すればいい、と著者は述べます。
それができないのは、社員を駒のように動かして、誰かがいなくなったポジションに人を入れ、また空いたところに人を入れる、というような「玉突き人事」をやっているからではないのか、と問題提起しています。
・「官僚化」する人事部
また、人事部というのは「官僚化」しやすい組織だといいます。
人事部には各年代のトップグループにいるような評価の高い社員が集められる傾向にあります。
その理由は、人事担当者は一般の社員を評価する立場なのだから、成績が優秀でなければ示しが付かない、という人事側の都合によります。
しかし、そのことによって自身が優秀だと思い込んだ若い人事担当者は傲慢に陥りやすく、「自分たちは間違っていない」という観念をさらに強くしていき、「人事マフィア」と呼ばれることになってしまう傾向があるといいます。
・「戦略性のマネジメント」と「継続性のマネジメント」の特徴
八木氏は、マネジメントには2種類があると本書で述べています。
ひとつは「戦略性のマネジメント」、もうひとつは「継続性のマネジメント」です。
「戦略性のマネジメント」とは、「現在」の状況に合わせて、勝つための戦略を立てていくマネジメントのことです。
前例や制度、マニュアルといったものには固執せず、外部の環境に合わせて、その都度、柔軟に施策を変えていくマネジメントの方法です。
新しい仕掛けを用意し、積極的に変化を起こそうとするマネジメント法だと言えるでしょう。
一方の「継続性のマネジメント」は、「過去」に基づいた、連続性のあるマネジメントを重視する立場です。
こちらは、制度やマニュアルを重んじて、以前に作られた仕組みに沿って動かしていきます。
こうした「継続性のマネジメント」は、世の中の変化に合わせて臨機応変に対応することが難しくなる、と著者はいいます。
しかし、多くの日本企業の人事部門で採用されているのはこの「継続性のマネジメント」だといいます。
・日本企業の「継続性のマネジメント」の問題点
著者の八木氏は例として「職能資格制度」をやり玉に挙げます。
この制度はもともと1970年台の第一次オイルショックにともなって作られた制度で、不況により管理職のポストが用意できなくなった企業の苦肉の策でした。
職能資格制度は、勤続年数によって給与が上がる仕組みになっており、年功序列の考え方が背景にあります。
本来は一時しのぎの制度であったにも関わらず、40年以上に渡って、企業はこの制度を継続しました。
管理職のポストには就かず、資格だけを与えられたひとたちにも管理職並みの給料が支払われていた実態があります。
これらの制度は収益と人事のバランスを取ることもないままに矛盾を残し、その不均衡を40年もの間、継続させてしまった点に問題があると著者は指摘します。
八木氏がかつて所属したGEの人事は、こうした「年功序列的な発想」を一切排したものだったと述べています。
では、こうした「継続性のマネジメント」を打ち破るにはどうすればいいのでしょうか。
そこで必要になってくるのが、八木氏の提唱する「戦略性のマネジメント」です。
ここからは、八木氏が実践している「戦略性のマネジメント」に基づく人事部門のエピソードをいくつかご紹介します。
・企業の「戦略」は、現場で働く「ふつうのひと」が聞いて分かるストーリーで語る
企業の「戦略」というものは、一部の管理職やエリートの経営陣だけが理解できるのではなく、企業で働く「ふつうの人」が聞いて、理解できるものでなくてはならない、と八木氏は述べます。
なぜなら、実際に会社を動かすのは一部のリーダーとなるエリートや経営陣ではなく、現場で働く人々だからです。
「ふつうの人」にとって、難解な経営方針は分からないかもしれませんが、経営陣が筋違いのことを言ったり、おかしいことを言ったりすれば、すぐに気が付くまっとうな感覚を持っています。
戦略は経営陣やリーダーだけが理解しても意味がなく、その戦略を「ストーリー」として納得できるところまで落とし込んで「ふつうの人」にも理解できるように伝えていくことが重要だといいます。
ですから、戦略は、「こうやって勝つ」というふうに話の筋が通っていて、ふつうの人が聞いて納得できるストーリーになっていなくてはなりません。そういった戦略をベースに。ふつうの人である社員とのコミュニケーションを図り、そのやる気を最大化し、企業の生産性を向上させること、これが私の考える戦略人事のあり方であり、人事部門が担うべき役割です。
「戦略人事のビジョン~制度で縛るな、ストーリーを語れ~」八木洋介・金井壽宏著(光文社)
・人事の役割とは社員のやる気を引き出すこと
著者の八木氏は、一日に5~10人程度、年間では600~700人と面談を繰り返したといいます。
面談にやってくるのはGEの社員たちで、八木氏は「部屋のドアが開いていて、私が在室しているときは、いつでも誰でも入ってきてかまわない」と社内で公言していたそうです。
主にビジネス部門の社員が面談にやってきましたが、人事部門の部下や社外のひとたちが訪ねてくることもあったといいます。
そうして面談にやってくる95%以上のひとたちは、何らかの困りごとを抱えており、悩んでいたり、フラストレーションを溜め込んで、八木氏のもとへ訪れていました。
八木氏は面談にやってきたひとの話に耳を傾けて、何とかその人が袋小路から抜け出せるように声掛けをしたといいます。
悩んでいるひとがいたら、誰でも相談ができるように門戸を開いておき、話し合うことで突破口を見つけ出す。
「人間のプロ」である人事の役割とは、本来こういうところにあるのだと著者は述べます。
・人事責任者は「奥の院」にいるのではなく、現場を歩き回って組織を改善していく
企業の人事部門長というと、社内でも「奥の院」にいて、なかなか現場には顔を見せないという印象を持たれがちです。
しかし、八木氏の場合は、なるべく意識的に社内を歩き回って、社員たちの様子や組織の雰囲気を観察していたといいます。
そこで知った顔の社員がいたら、「最近、どう? 元気?」と声掛けをしたり、落ち込んだ様子のひとには「どうしたの?」と尋ねていました。
現場に足を踏み入れて歩き回っていると、「実は相談に乗ってほしいことがある」と社員から連絡が入ることがよくあるのだといいます。
そういうときは後日、相談者を部屋に招いて面談の時間を取ります。
もし人事の部門長が現場にまったく顔を見せず、「奥の院」に引っ込んだままだったとしたら、このような社員とのコミュニケーションから組織を改善することはできません。
・制度やマニュアルではなく、社員のやる気を引き出すためのストーリーを語ること
人事の役割とは、社員や組織に働きかけて、それぞれが最高のパフォーマンスが出せる状態を作ることだと八木氏は述べます。
社員たちのやる気を引き出すために人事部門があって、それは制度やマニュアルでは対応できないことなのだ、という主旨が本書で述べられています。
・社員個人だけでなく、組織そのものの成長を促す人事の役割
また、人事の役割は「社員のやる気を引き出す」という社員個人に対するアプローチだけではありません。
「組織を活性化し、組織のパフォーマンスを最大化する」役割も求められているといいます。
八木氏が「GEマネー・アジア」に人事部門長として所属していた頃の象徴的なエピソードが本書のなかで語られています。
当時、東南アジアのある国でビジネスをしていたGEのチームがありました。八木氏はそのチームと電話会議で話したそうですが、あることに気が付きます。
GEのチームは、ビジネスリーダーが話すだけではなく、他のマネージャーも積極的に発言する慣習がありました。
しかし、このチームではリーダーだけが喋っていて、他のマネージャーたちは、なぜか口をつぐんでいたといいます。
このリーダーが統率するチームは業績が悪くなっていて、組織に何らかの原因があると気が付いた八木氏は上司に頼んで、チームが担当する東南アジアの国へ行かせてほしいと要請します。
電話会議から2、3日後には現地に飛び、会議室にリーダー以外のマネージャーと社員を集めて、ミーティングを開きます。
社員たちにはチームの問題点を考えてもらい、リーダーへの質問を作って書き出しました。
そのあとでリーダーへの質問のリストを見せて、皆の前でできるだけ多くの質問に答えてもらうようにします。
リーダーはいくつもの質問に対して淀みなく答えていきますが、相変わらずマネージャーや社員たちは黙って聞いており、チーム全体の雰囲気は沈んだままだったといいます。
八木氏はリーダーの話を途中でさえぎってこういいました。
「わかりました。リーダー、あなたは正しいことを言っています。部下のみなさんが出した質問に対して、正しく答えています。けれども、あなたには部下の話を聞く姿勢がなく、だからチームでのコミュニケーションが一方通行になっています。もっと、やわらかいコミュニケーションスタイルを心掛けて、部下から意見が出てこないようであれば、リーダーのあなたの方から話を聞き出すようにしてください。それから、あなたの知っていることをもっと丁寧に部下に対して話してください」
「戦略人事のビジョン~制度で縛るな、ストーリーを語れ~」八木洋介・金井壽宏著(光文社)
そして、こう釘をさしました。
「今日、私はあなたのチームを見て、このチームではリーダーと部下の意思疎通ができていないと判断しました。私は一か月後にもう一度ここに来ますから、それまでにリーダーのあなたが改善してください。そのときまだこんな『お葬式』のような会議をやっていたら、おそらくGEは許さないでしょう」
「戦略人事のビジョン~制度で縛るな、ストーリーを語れ~」八木洋介・金井壽宏著(光文社)
・人事のひと言には、組織のパフォーマンスを変える力がある
実際にそのあと八木氏が再訪したのは二か月後のことでしたが、チームの状態が見違えるほど変わっていたといいます。
リーダーはこれまでの自分のスタイルを完全に変え、部下たちとのコミュニケーションの取り方を改善していたといいます。
それによって、これまで赤字だった業績は二桁の黒字に転じていました。
外部の環境はまったく変わっていないにも関わらず、八木氏の訴えかけるストーリーに動かされて、組織に変化が生まれていたのです。
こうした現場での組織開発の場において、人事担当者はほとんど何もしていない、と八木氏は述べます。
しかし、人事が現場に介入して、風通しをよくすることで、このように劇的にパフォーマンスが改善されることがあります。
・スポーツ界の監督の「タイムアウト」と同じ役割を人事が担う
こうした人事の役割について、スポーツを例に出して八木氏は話します。
たとえば、バレーボールの試合で、ゲームの途中に監督がタイムアウトを取る瞬間があります。
このとき、選手たちが集まってきて円陣を組み、監督もその輪のなかに入っていきます。
タイムアウトのときに細かい戦術の指導をするのではなく、簡単なアドバイスをひと言で伝え、「大丈夫、自分たちの力を信じろ」といって、選手に発破をかけて送り出していきます。
そうすることで監督はゲームの流れを変えようとします。
こうした監督がやっていることと、人事が担っている役割は同じようなものだと著者は述べます。
現場でのファシリテーションで私たち人事がやっているのも、同じようなことです。組織が抱えている問題について、その場で感じたことをパッと言い、悪い流れをよい流れに変えようとしているのです。私たちにできるのはそれぐらいのことですが、ファシリテーションがうまく効けば、スポーツで選手たちが自ら試合の流れを変えるように、組織はメンバーの力で自分たちのパフォーマンスを向上させることができます。そういう瞬間を目の当たりにしたとき、私は「人事の力」を感じます。
「戦略人事のビジョン~制度で縛るな、ストーリーを語れ~」八木洋介・金井壽宏著(光文社)
このように八木氏がGEで経験した事例から人事の考え方を学ぶことができます。人事部門でのマネジメントに悩む方に、ぜひ手に取ってみていただきたい一冊です。
(了)
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