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「働き方の哲学」書評、キャリアを広げる「働く意味」の捉え方

働くことに悩み、「そもそも、なぜ働かなくてはならないのだろう?」と考えたことはありませんか。

キャリア論について書かれたもので、働く上で有利になる考え方やテクニックについてまとめた本は数多くあります。

しかし、「なぜ働くのか?」という哲学的な問いにまで立ち戻って「働く」ことを見つめ直した本は限られているでしょう。

今回、ご紹介するのは「働き方の哲学 360度の視点で仕事を考える(村山昇著)」という本です。

著者の村山昇氏は、働く人のキャリアを考えるときに、技術的なノウハウを指導するやり方には限界がある、という主旨を「あとがき(終わりに)」で述べています。

表面的な「働く」ことに着目するのではなく、もっと根源的な問いにまで立ち戻って、「なぜ、働くのか」を納得できなければ、根本的な解決には至りません。

こうした働く人の心理面にまで変化が起きて、はじめてキャリア論やアドバイスが意味のあるものになります。

今回は、本書を参考にしながら、「働くことの目的」や「働く意味」について考えていきましょう。

・同じ仕事でも捉え方次第――『3人のレンガ積みの寓話』


『3人のレンガ積み』という寓話をご存じでしょうか。これは働くことの意義を伝えるときによく使われるたとえ話です。

本書から引用すると、

中世のとあるヨーロッパの町。

建築現場に3人の男が働いていた。

「何をしているのか?」ときかれ、それぞれの男はこう答えた。

「レンガを積んでいる」。最初の男は言った。

2人目の男が答えて言うに「カネ(金)を稼いでいるのさ」。

そして3人目の男は明るく顔を上げて言った――

「後世に残る町の大聖堂を造っているんだ!」。

「働き方の哲学 360度の視点で考える」村山昇著 ディスカヴァー・トゥエンティワン刊(2018)

どこかでこの話を聞いた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

この寓話は、同じ仕事をしていても、働くひとの「捉え方」によって目の前の作業の意味が変わる、というたとえ話です。

1人目のレンガ職人は、仕事を単なる作業としか捉えていないので、「仕方なく」「渋々と」働いています。

2人目のレンガ職人は、家族を養うためにお金が必要だからという理由で、レンガを積んでいます。

彼には働く目的がありますが、「レンガを積む」仕事そのものにはあまり意識が向いていないようです。現代で言うと、お金のために淡々と働くイメージでしょうか。

3人目のレンガ職人は、「レンガを積む」ことを単純な作業として捉えているのではなく、「大聖堂を造る」という大きな目的を見据えて働いています。

このなかで3人目のレンガ職人だけが、自分の仕事に誇りを持ち、仕事の「意味」と「目的」も完全に理解した上で働いています。

同じ仕事に携わっていても、その捉え方次第で、目の前の作業へ取り組む意欲も変わってしまう。

働く上で大切なのは、細かいテクニック以前に、働く上で起きてくる出来事への「捉え方」なのだと言います。

著者である村山氏は、これを「観」と呼び、健やかな「仕事観」を育むことが、働く上で重要なのだと冒頭で強調されています。

・「商売」「業務」「ライフワーク」……、「仕事」の概念はひとつではない


たとえば、「仕事」という言葉ひとつとっても、呼び方はひとつではないことに著者の村山氏は着目します。

明日までに仕上げる必要のある伝票処理を「業務」と言ったり、発展途上国に学校を作ることを「ライフワーク」として捉えるひともいるでしょう。

手前味噌な例ですが、ライターが文章を書いて生計を立てることを「売文(商売)」と呼ぶこともありますし、書くことに誇りを持っている作家が「文筆業」と言うこともあります。

しかし、どれもやっていることは「仕事」であることに変わりはありません。

英語でも仕事を表す単語がいくつかある、と村山氏は述べます。

「Work」は幅広い意味での「仕事」という意味ですし、「task」になれば「任務」、「job」は「任された仕事や勤め口」、「labor」は「骨の折れる仕事」という意味もあります。

「仕事」とひと口に言っても、単純「作業」や日々の「業務」、自分の一生を懸けた「ライフワーク」、生活していくための「生業(なりわい)」に至るまで、さまざまな意味合いを持っていることが分かります。

・仕事は人間的な欲求を満たす素となる「完全栄養食」


米国の心理学者・マズローの「5段階欲求仮説(自己実現論)」をご存じでしょうか。

人間の欲求には5段階があり、「生理の欲求」「安全の欲求」「愛と所属の欲求」「尊重の欲求」「自己実現の欲求」があるとする説です。

そして「生理的な欲求」から徐々に「高次の欲求(自己実現の欲求)」に向かっていくものだとします。

私たちの日々の生活は、食事をしたり、睡眠を取ったり、遊んだり、働いたりと実に様々な活動をしながらこれらの欲求を満たしていきます。

しかし、このなかで唯一「働く」ことだけが、人間的な欲求をすべて満たしうる可能性を持っていて、いわば「完全栄養食」ともいえる活動なのだと著者は述べます。

・キャリアを「意味」で捉える――あるサッカー少年のキャリア


では、キャリアの捉え方についてより詳しく考えてみましょう。

ここでは、プロサッカー選手を目指しているひとりの少年がいたと仮定します。

幼い頃から、地元のサッカー少年団に所属し、コーチからも目を掛けられている才能を持った少年です。

彼の夢はプロサッカー選手になることで、中学・高校と学業を両立させながら、サッカーに打ち込んでいきます。

高校生になると、強豪校のサッカー部に所属し、インターハイや選手権大会に出場。Jリーグのスカウトからも声が掛かり、夢であったプロサッカー選手への道が開かれます。

しかし、入団前に交通事故に遭い、選手生命ともいえる脚を負傷。夢を叶える直前に彼の夢は絶たれます。

このような状況になったとき、彼はどのようにこれからのキャリアを歩むでしょうか。

もしこの彼が「サッカーに携わり続けたい」と考えるなら、別の選択肢があります。

たとえば、「怪我で選手生命を絶たれることをなくしたい」と考えるなら、彼はスポーツトレーナーを目指して医療系の専門学校に入学することを選ぶかもしれません。

あるいは、サッカーに関連する団体職員となって裏方からチームを応援する仕事に就くかもしれませんし、放課後の児童を見守りながらサッカーを教える支援員になるかもしれません。

たとえ、本来目指していたものにはなれなくても、「意味」でキャリアを捉えれば、いくつもの道が開けていきます。

・「登山型キャリア」と「トレッキング型キャリア」の違い


キャリアには「登山型キャリア」と「トレッキング型キャリア」の二種類がある、と著者は述べます。

これは、働く人のキャリアを「山登り」にたとえたものです。

「登山型」はなりたいものや将来像をはっきりと決めてキャリアを歩むことを指します。

「トレッキング型」は、なりたいものは決まっていないが、会社などで様々な仕事を経験したり、転職したりしながら、徐々に将来像を決めていくキャリアを指します。

では、この二つのキャリアの違いを見ていきましょう。

・「登山型」キャリアの特徴


「登山型」のキャリア形成は、なりたいものが既に決まっていて、その道筋が明確に思い描けるパターンです。

さきほどご紹介した「プロサッカー選手」になりたいサッカー少年が、挫折するまでのキャリアがこれに当たるでしょう。

他にも「弁護士になって立場の弱い人を助けたい」、「国語科の教員になって言葉を扱う面白さを子どもたちに伝えたい」など、やりたいことが既に決まっているひとが「登山型」のキャリアを歩みます。

「登山型」のキャリアは「意図的につくりにいくキャリア」だと著者の村山氏は述べます。

弁護士になるなら、法学部やロースクールに入って司法試験を受けたり、国語科の教員は、大学で教職課程を取得し、教員採用試験を受けるなどの手順があります。

これらの手順を計画的に進めていくキャリアが「登山型」キャリアの特徴です。

「登山型」キャリアのデメリットとしては、目標としている将来像以外のキャリアが選択肢として浮かびにくくなる傾向があります。

予定通りにまっすぐ進むキャリアというのはほとんど例がなく、いったん別の道に迂回してから当初の目標に辿り着くケースもあります。

たとえ、目標にしていたものになれなかったり、計画が思い通りにいかない場合でも、柔軟に別の道を探ることができるか、というのが「登山型」キャリアを歩む上でのポイントです。

・「トレッキング型」キャリアの特徴


現時点で、とくになりたいものや将来像が見つからない場合に歩むのが「トレッキング型」キャリアです。

「トレッキング型」の場合は、なりたい職業や仕事を定めずに、さまざまな職種や会社を渡り歩きながら仕事を経験し、徐々に目標とするものを見つけていきます。

「トレッキング型」キャリアのことを、著者は「結果的にできてしまうキャリア」と呼んでいます。

たとえば、何となく医者になろうと思って医学を勉強していたが、途中で薬学に興味が向いて製薬会社に勤めることになった。

あるいは、通訳として勤めていたが、出版社と縁ができていつの間にか翻訳家になっていた、というようなケースです。

「トレッキング型」の場合、意図せずして訪れた偶然を活かし、結果的に別の道で生計を立てられるようになっていることが数多くあります。

「トレッキング型」のデメリットとしては、キャリアの最終段階になっても方向性を決められずにいた場合、結果的にただいくつも職を転々とし、漂流しつづけるキャリアとなってしまうことが挙げられます。

たとえ、仕事の範囲を狭めないキャリアを歩んだとしても、ある程度の方向づけの意識やキャリアプランを持つようにすると、こうしたデメリットをカバーできます。

・まとめ 予測できないキャリアの「偶然」を活かす


今回は、「登山型」と「トレッキング型」。この二つのキャリアの歩み方をご紹介しました。

「登山型」のキャリアでは、ある一つの方向に向かって努力することができますが、一方でキャリアがその通りに進むとは限りません。

「登山型」のキャリアとして歩んでいたが、目標を叶えるのは難しい現実に直面して、「トレッキング型」に切り替わることもあるでしょう。

一方で「トレッキング型」キャリアを歩んでいても、途中でやりたいことが見つかって「登山型」キャリアを選ぶケースもあります。

前回のコラム記事(「運」任せにしないキャリアの選び方)でもご紹介しましたが、キャリア研究で有名なジョン・クランボルツ教授の理論があります。

「計画された偶発性理論」と呼ばれるもので、「キャリアを100%コントロールすることはできず、キャリア形成は偶然の出来事に裏付けられている」ものだと言います。

人生に起こるできごとや歩んでいくキャリアは事前に分かるものではありません。

しかし、キャリアを作っていく上では、こうした偶然に起こりうる、想定外の出来事を活用する必要があります。

そのためには、本書にあるように「起きた出来事をどう捉えるか」という「観」が重要な要因になってきます。

「働く」ことに疑問を感じるひと、柔軟なキャリア観を持ちたいという方に「働く哲学」の本を勧めます。


一般社団法人 関西キャリア教育センター」では、キャリアコンサルタント事業を行っております。

社内研修やキャリアコンサルティング、心理カウンセリングなど、キャリアにまつわるご相談がございましたら、「お問合せ」ページより承ります。

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